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2019.10.01 編集長コラム

「全力で走り続ける渇望」―――松原タニシ『恐い旅 異界探訪記』

『不思議の国のアリス』の作者であるルイス・キャロルは、その続編の『鏡の国のアリス』の中で、「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という台詞を書いている。

この台詞は、「種が生き残るためには進化をし続けなければならない」という事実を端的に言い表した比喩として知られ、発言者の名前を取って「赤の女王仮説」として、生物学においても用いられている。

だとすれば、『異界探訪記 恐い旅』の著者である松原タニシは「とどまることを知らずに走り続ける男」と言えるだろう。

テレビ番組の企画をきっかけにして6年間で7軒の、いわゆる「事故物件」に住んできた松原は、そこで生活するだけでは飽き足らず、幽霊や怪異現象などを体験することを求めて心霊スポットに繰り出し始めた。本書では、2017年の7月9日からの約二年間で松原が訪れた心霊スポット206箇所が紹介されている。

異界巡りのルールとして〈なるべく怪異現象の起きやすい真夜中に行く(p5)〉〈怪異現象が起きたときの証拠を残すために、動画の生配信を行い記録する(p5)〉とあるように、それぞれの心霊スポットの逸話やロケーションの解説にはじまり、松原が実際に経験した現象や、ともに訪れた芸人との会話の様子などが、日記形式にまとめられている。

誰でも知っているような地名もあれば、「そこはそんなに危ないところだったのか」と驚いてしまうような場所もあり、オカルトマニアなら一度は行きたい心霊スポットが網羅されている。また、生放送の様子をキャプチャした写真も掲載されているため、松原が言うところの「証拠」を確認することもできる。

 

本書はいわば、206編の体験談を集めた「短編集」であり、読者は好きなところからページを開くことができる。読み手によって恐怖の対象は変わってくるだろうけれど、筆者の場合は〈中華料理屋跡(p235)〉のエピソードに最も寒気を覚えた。

あるいは、自分の出身地に近い心霊スポットを探すという楽しみ方もできるだろう。筆者は最近の取材で愛知県の〈前田公園(p141)〉の近くを訪れたことがあったが、そこがいわくつきの場所であると知らなかったため、紹介されているエピソードと松原が見付けたというメモの写真(これに関しては、実際に本作を読んで欲しい)には度肝を抜かれた。

 

もっとも、都合よく毎回怪異現象が起きるわけではなく、何も起きなかった時は、松原の徒労や、怪異現象を離れた部分での実直な感性が見え隠れする。〈未知とは恐怖。その向こう側を知り続けたい(p398)〉という言葉の通り、異界巡りを始めた理由について、松原本人はシンプルに「渇望」と表現する。

向こう側を知ること。それは、現実と異界の狭間に足を踏み入れた人間だけが味わうことのできるスリルと快楽である。目的としての旅ではなく、松原にとっては、生きる喜びを得る手段が異世界探訪という旅なのだろう。

 

松原タニシも、彼の渇望も、未だにとどまることを知らない。

 

 

(カバー写真撮影:SUSIE)

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